青龍山 清水寺(せいすいじ)  SEISUIJI TEMPLEred

  • 山門 - 奥は観音堂
    山門 - 奥は観音堂 
  • 観音堂
    観音堂 

基本データ

宗派
真言宗九州教団
住所
〒822-0146 福岡県宮若市黒丸1558-1  Map
電話
0949-54-0074
筑前国中三十三観音霊場第25番札所

歴史

清水寺のパンフレットの内容をそのまま引用する。

清水寺略史

清水寺は寺伝によると、今から1260年前の天平勝宝2年(750)、仏教を厚く信仰する聖武天皇の勅願所として、 行基が深山の清水をえらんで寺を建立し、その御本尊として、自ら千手観音を彫刻したと伝えられている。

清水寺はこの地の山岳仏教の寺として栄えた。 門前には(仲坊・宝積坊・向坊・実相坊・前鬼坊・理性坊・奥坊・田井坊・奥園坊・密乗坊・道達坊・検校坊)、 そのほか(大殿坊・ムケン坊)など多くの僧坊が建ち並んだ。 室町・戦国時代にかけて、山口の守護大名大内氏、また宗像大宮司家など多くの武将の庇護があり、 寺田、山林多く、大変栄えた。 天正10年(1582)十月、当市内の小金原合戦の際、兵火にあり、一山残らず消失し、多くの修行僧は四散した。 慶長元年(1596)ごろに至り、座主坊跡に僅かに仏堂一宇、僧舎一区が建てられた。その後寺勢衰え、 一時期豊前国田川郡上野村興国寺の兼務寺になった時期があった。 元禄時代、住職栄纂のとき、京都仁和寺の末寺になった。承応2年(1653)享保2年(1717)黒田藩の援助で観音堂が 再建された。近世以降、鞍手郡中、触中、村中など、また一家中での加持・祈祷の依頼が多く、近郷在住の人々の信仰が厚かった。 平成17年に紫燈護摩を復活した。

筑前國続風土記』巻之13の内容をそのまま記す。

○清水寺 真言宗

青龍山と號す。 黒丸村にあり。仁和寺の末寺なり。住僧あり。 本尊先手観音なり。 行基開基の地にして、本尊も行基の作と云傳へり。 むかしは僧坊十二区ありしと云。 其名今に残れり。(仲坊、奥坊、寶積坊、田井坊、 向坊、理性坊、寶相坊、前鬼坊、奥園坊、道達坊、 検校坊) 此寺、若宮河内のいと高き所にあり。 若宮、吉川の諸村眼下に見え渡り、佳景也。 此山の上に、鷹を網にて取し所あり。

ひとくちメモ

清水寺は宮若市の西山の東南に伽藍を構えている。R92からかなりの急坂を登ってお参りしなければならない。 清水寺からの麓の景色は絶景である。トヨタ自動車の宮田工場、その先に北九州市八幡西区の皿倉山も望める。


写真

  • 扁額
    扁額 
  • 鐘楼
    鐘楼 
  • 五重塔
    五重塔 
  • 太子堂
    太子堂 
  • 山門越の観音堂
    山門越の観音堂 
  • 山門
    山門 
  • 観音堂
    観音堂 
  • 観音堂 - 部分拡大(かなりの年代を感じる)
    観音堂 - 部分拡大(かなりの年代を感じる) 
  • 境内風景 - 後が太子堂
    境内風景 - 後が太子堂 
  • 参道 - かなりの急坂である
    参道 - かなりの急坂である 
  • 清水寺から東側を撮影(写真中央は八幡の皿倉山)
    清水寺から東側を撮影(写真中央は八幡の皿倉山)