境内の案内板の内容をそのまま記載する。
寺院建築としては特異な形の本堂は、大正4年(1915年)に建立された前本堂を模したものである。
前本堂は浄土真宗では重要な行事である説教聴聞の際に大きな空間を得るため、室内に柱の多い 従来の和風建築を採用せず、外部を洋風にして造られた。
そこでは官営八幡製鉄所と拙寺の関係から製鉄所技師上田敬吉が設計にあたり、 また、住職と懇意であった製鉄所長官の勧めにより当時新製品であった、鉱滓レンガが 外壁として使用された。
しかきながら、昭和20(1945年)年8月8日の八幡大空襲により内部総ケヤキ造りであった モダンな前本堂は、外壁のレンガを残してすべて燃失した。
昭和25年(1950年)に外壁のレンガを利用して本堂は再建されたが、近年は80有余年を経過した外壁や戦後の 物資不足の時に建てられた内部など、本堂全体の老朽化が著しいものになっていた。
このような事情により、この現本堂は多くの人に愛された前本堂の形とレンガ造を引き継ぎ、 門信徒をはじめ多くの方々の懇念と共に安東建設設計・上田建設工業・京都井沢仏具の 協力により建立されたものである。(平成15年9月17日)
徳養寺は作者の父の縁のあるお寺である。始めてお参りしてきた。
高炉台公園の丘の中腹にあり、本堂より洞海湾が一望できる。 徳養寺は浄土真宗本願寺派のお寺とは思えない洋風のつくりである。その由来の詳細は 下記の案内板の記述に譲る。