山門脇の案内板の内容をそのまま引用する。
畑観音
音滝山釈王寺は、通称畑の観音、音滝観音、 瞽女観音などと呼ばれています。瞽女観音と呼ばれるのは、盲目になった姫の伝説が残っているからです。 それに因んで、観音堂のそばにある洞窟の水は、眼病に効験があるといわれています。 堂の裏手の滝は、この付近では珍しい神聖な修行場として滝に打たれる人が少なくありません。
階段下の滝壺では、江戸時代には大干魃の際、雨ごいの秘法が行われました。
嘉永6年1853の2ヶ月あまりに及ぶ大干魃に際して、現在の八幡東区の村々では、雨ごいの最後の手段として、 福岡城の矢倉に保存されている虎の頭を役所を通じて借り出し、蛇形をこしらえ、 一緒に滝壺に沈めました。 一瀬村の高見神社の社僧が来て、蛇の頭に幣帛を立て、蛇の舌に祈祷札をはり、 滝壺にさかさまに浸けました。 これは神聖な場所を汚して神の怒りを招き、雨を呼ぶ手段でした。
--北九州市教育委員会
釈王寺は畑貯水池よりさらに上流に伽藍を構えている。宗派は浄土宗とのことであるが、 密教風の境内の印象である。
R61沿いの観音茶屋よりかなり左手に清流をながめながら、急な参道を200mほど登ると参道の両側に参拝客をもてなしたであろう 茶屋跡(廃屋になっている)が数軒ある。釈王寺はそのすぐ先にある。 往時はさぞ参拝客で賑わったことであろう。
境内には野性のサルが出没するようで、年配の方・子供の方はご用心ください。
上の歴史の項での案内板の内容との関連性は不明であるが、境内にあった石碑の内容を下記にそのまま記載する。
人皇七十五代崇徳院皇后御鎮座所
皇后保元の乱の時此の地に身を隠され後崩御される。依って此処を御鎮座所と定めらる。
本尊は木葉観世音菩薩之なり。創基八百年にして法然上人七百五十年の大遠忌に当る昭和四十年本堂を 築し寺号を畑観音釈王寺と公称さる。
茲に北九州市小倉区大字辻三出身生井水速慶讃の意を以て此の碑を建立し万代に掲示す。
--添田博澄謹書