『筑前國続風土記』によると本寺は2度移転している。元々、青月寺といい、 夜須郡彌長邑(やすぐんやながむら)[1] にあった。当寺の開山は華渓和尚と云う。華渓和尚の弟子宗誕和尚(そうたんおしょう)が二代藩主黒田忠之(ただゆき) の命により、夜須郡より寺を移して、警固(けご)[2] 村の南の山上に創建し、現在の名前の長圓寺とした。 正保年(1646年)、忠之の命により現在の地に移転した。
[1]現在の福岡県朝倉郡
[2]現在の中央区今泉と思われる。今泉の隣に「警固」なる地名がある。