南岳山
東長寺
TOUTYOUJI TEMPLE
基本データ
- 宗派
- 真言宗九州教団
- 住所
- 〒812-0037 福岡市博多区御供所町2-4 Map
- 電話
- 092-291-4459
歴史
境内の案内板の内容をそのまま記す。
大同元年(806)唐から帰国した弘法大師の創建と言われ、寺宝の木造 千手観音立像は国指定の重要文化財である。境内には 仙厓和尚 や当時の有名人の白筆書画が残る六角堂の建物、 2代藩主黒田忠之、3代藩主光之の墓がある。
また、境内の案内板(「黒田家の墓所」)の内容をそのまま記す。
東長寺は大同元年(806)、唐から帰国した弘法大師空海 が博多の海辺に建立した密教寺院と伝えられています。 志摩郡志登村に一時移った後、現在地に移転したといわれています。 二代藩主黒田忠之が大橿越(施主)になってから寺域の基礎が固まりました。 現在、寺蔵の千手観音立像が重要文化財(彫刻)、 境内の六角堂が市指定文化財(建造物)となっています。
この史跡は福岡藩主黒田家の墓所で、西側に二代忠之(1602~1654)、中央に三代光之(1628~1707)、 東側に八代治高(1754~1782)の三藩主が葬られています。
墓碑は三藩主とも花崗岩製の五輪塔で、それぞれ兜率天にあるとされる四十九重の 摩尼宝殿に由来する49本の花崗岩製の卒塔婆で囲まれています。 忠之の墓前には殉死した5名の墓碑である五輪塔が並んでいます。 治高の墓石は恰土郡徳永山から切り出されたものです。
これまで東長寺は福岡市の都市化に伴いその境内地を変えてきましたが、三藩主墓所部分は 当初の姿をとどめ、福岡藩の歴史資産として貴重な文化財です。 なお、藩祖如水、初代長政はじめ他藩主の墓所は博多区千代4丁目の 崇福寺 北側(市指定史跡)と東京にあります。
- 九州88ヶ所第1番霊場
- 九州26不動霊場第36番札所
九州大学デジタルアーカイブ『筑前名所図会』
『筑前名所図会』
東長寺が見事に描かれている。寺前の通り(現在の大博通り)は当時もかなり広かったようである。 黒田家の墓所が現在は向かって左手にあり、絵が描かれた時代にはすでに存在していたはずであるが描かれていない。 藩主の墓所ということで記載するのをはばかったのであろう。
龍宮寺も現在ある場所と思われる位置に描かれている。 天福寺は福岡市南区にその後移転したが、それも描かれている。
ひとくちメモ
千手観音像(国宝)、六角堂(福岡市文化財)、福岡大仏などがある。 大仏殿にある福岡大仏(拝観無料)はその胎内の散策ができる。 中は漆黒の闇。人生観が変わるかもしれません。
福岡大仏は、高さ10.8m,重量30tの檜造座像。木造座像では日本一の大きさ。(平成4年に完成) 大仏殿の中には、大仏制作途中の写真などが展示されている。
本堂向かって左手に純木造五重塔(国産総桧造)が建設中です。高さ25.9m。平成22年春に完成した。
Links
写真

五重の塔 - 2011年落慶 
山門横の石碑(亀の上に乗っている) 西安・清龍寺から贈られたと云う 
山門 
本堂(不動明王--弘法大師作と案内にある) 
本堂(弘法大師--自作と案内にある) 
境内風景 - 向かって右手に福岡大仏の建物 
六角堂の説明板 
六角堂 
鐘楼 
二代黒田藩主忠之の墓 - 中央が忠之の墓でその両側には殉死した家臣の墓が並んでいる 
地蔵堂 - 「筑前六地蔵尊霊場」「九州二十四地蔵尊霊場第二十二番札所」 
山門 - 節分のときの山門


