清賀山 正覚寺 [油山観音]
SYOUGAKUJI ZEN TEMPLE
基本データ
- 宗派
- 臨済宗東福寺派
- 住所
- 〒814-0155 福岡県福岡市城南区大字東油山508 Map
- 電話
- 092-861-4006
- 九州西国三十三箇所霊場第30番札所
- 筑前国中三十三観音霊場第10番札所
寺宝
- 清賀上人像(西島伊三雄 画)
- 聖観音座像(国重要文化財指定)
- 文殊菩薩像(伝・狩野探幽 筆)
- 雲雀菩薩像(松尾宇田 作)
- 十六羅漢石仏(油山十六景の起源)
行事
- 油山粥開き・・・・・2月1日午前11時より
- ひばり観音供養祭・・6月24日正午より
- 例月観音祭・・・・・毎月17日正午より
※行事はどなたでも参加自由とのこと。
歴史
正覚寺の寺伝では清賀上人が開いたとあるが、『筑前続風土記 巻二十一』によれば、 清賀上人は聖武天皇(在位:724-749)の時代にに油山に住んで油を製造していてその為に山は開いたが、 本来の意味での開山は、時代は下って正覚寺の場所にあった東油山泉福寺の開山である 平田慈均和尚[1]であると言ったほうが良いように考えられる。 東油山泉福寺開山は平田和尚の在世期間から類推し14世紀半ばころと思われる。
平田和尚はそれまで法相宗であったのを禅宗に改宗した。
東油山泉福寺は往時は360の僧坊を抱えていたと言う。それがおそらく戦火にかかって焼失してしまい、 本尊である観音様の像と茶堂のみ残った。
その後、寺伝のとおり元禄7年1694に承天寺の住寺大川禅師により跡地に現在の正覚寺を興した。 正覚寺の名前は当時志賀島にあった廃寺[2]であった寺の名前を借りて命名されたと言う。
下に境内の案内板の内容をそのまま記す。
寺伝によると、大和時代に清賀上人が白椿に 千手観音 を刻んで安置して寺を開いたといわれる。 また灯油の製法が知られていなかった時代、椿の実を絞って油による灯火 の法を開いたといわれ、これが油山の名の起こりとなっている。
その後、多くの寺が建ち、仏教文化の中心となって栄えたが、天正年間1573~1591の兵火で消失し、 元禄7年1694再中興された。
寺宝には、 木造聖観音坐像(重要文化財)、 大川円詢像(絵師。狩野友元重信)、 釈迦十六善神(室町時代) がある。
平成6年には、雲雀観音堂が新しく完成した。
[1]承天寺の開山である聖一国師の4代目の法孫で在世期間は(?-1364)。
[2]入部村重留(福岡市早良区重留)にあった廃寺という説もある。(『油山の歴史と伝説』)
ひとくちメモ
城南区油山の中腹に伽藍を構える。境内には美空ひばりを祀った「ひばり堂」もある。 正覚寺の周辺は自然で一杯である。交通の便は悪いが一度足を伸ばしてはいかが?
鐘楼も自由(多分)に叩くことができます。 ただし、お賽銭は入れてください。
境内には美空ひばりを祀ったひばり観音堂がある。
Links
写真

入り口の石碑 
参道の石像 
参道 
参道 
参道の石像達 
新羅式石門 黒田忠之公建立の桜門跡に明治23年(1890年)古代朝鮮から渡来した石門作りの技法で建立されています。この石門は一人の修行僧が精魂こめて作ったもので、本来三層の屋根が二層になっているのは建造中力尽きその結果の作と言われています。(案内板より) 
新羅式石門 
本堂内 
境内風景 
鐘楼
ひばり観音
境内の案内板の内容を引用する。
ひばり観音の由来
ひばり観音とは、平成元年6月24日、多くの人々に愛され、惜しまれながら、52歳 で亡くなられた偉大な国民的歌手、美空ひばりさん(女性ではじめての国民栄誉賞を受賞) の歌「悲しい酒」を平成3年2月、福岡市在住の彫刻家、 松尾宇田 さんが、ラジオから流れてきたのを聴き強く感動、ひばりさんの魂に触れたような気がし 、その気持ちを像として表すことを決意、「悲しい酒」を繰り返し歌い、そして涙を流しながら、 四五晩夜を徹して制作、一気に作り上げ「ひばり観音」と命名された。
またここ福岡の地は、済生会福岡総合病院で、一度は命をとりとめたり、 多くのファンに埋め尽くされた公演場所など、縁の深いところでもあります。
その福岡市街や博多湾を一望する景勝地.油山観音正覚寺に奉納され、 石こう像として公開、同年六月二十四日のひばりさんの命日には参加 者全員で名曲「川の流れのように」を合唱し、つづいて焼香、開眼式と三回忌法要 を厳修、同時に”ひばり観音を守る会”も結成された。
その後、石こうの乾いた平成四年一月、松尾さんを始め、ひばり観音を 守る会のメンバーで話し合い、この像を基に富山県高岡市の原型師に依 頼、美人で慈愛と品位に満ちた、美空ひばり観音立像(蓮台も書めて高さ 六十八センチ重さ十五キロ)の未来永劫の菩薩が青銅で遂に完成、同年 四月二十九日お厨子に納め、魂移しを謹修、六月二十四日のひばり観音 供養祭から、一般公開された。
さらに、全国の五百三十九名、六百四十四万三干三百三十三円のご喜 捨にょり、平成六年十一月十一日.京都大本山東福寺派管長を導師に 雲雀堂が落成した。
私たちに大きな夢と希望を与えて下さった、不死鳥、美空ひぽり(本名 加藤和枝)さん法名、慈唱院美空日和清大姉 霊位どうぞ安らかに、そし てファンはもとよりびばりさんのように、入の琴穆触れるような歌手を 目指す人たちの、心の支えにも成ればと希望しています。 -- ひばり観音を守る会 --



