『筑前國続風土記』巻之十九によれば、宗勝寺は、はじめは真福寺という小寺があったが、 小早川隆景の重臣浦宗勝が再興した。その中興の開山を舜菴和尚という。
文禄元年(1592)に宗勝が亡くなり、この寺に葬った。このため、寺の名前を改め、宗勝寺とした。 宗勝夫婦とその家臣の墓所が裏山に現存している。(下の写真を参照のこと)
宗勝は芸州(現在の広島県南部)只海の生まれ、ここにも彼を祀る寺があるようである。
高節山の麓に伽藍を構えている。
に再度お参りに行った。 に初回お参りの時は山門の工事中であったが、 今回お参りしたら完成していた。









