西光寺は普門宗の寺として、寛永年間(1624-44)に開山。その後、 聖福寺の塔頭寺院となる。
住職ご夫妻は、天蓋をかぶり尺八を吹く虚無僧の一朝軒伝法竹(普化宗尺八)の家元と云う。
福岡県無形文化財となっている。
『筑前國続風土記』巻之4に下記のような記述がある。
○聖福寺
(前略) 此寺の東北の側に、歌舞を業とせる、倡優[1]の住む町あり。 これは栄西帰朝の時、唐土より従来し者を、栄西弥陀経を伝へ、 僧衣と数珠を授け、寺地をあたへて、金松山西光寺と號し、九品宗[2] と名づけて、念仏三昧を修せしめられけると云伝たり。(以下略)
[1]役者。芸人。
[2]現代の宗旨を何と呼ぶかは作者は知らない。普門宗のことかもしれない。