安貞元年(1227年)、旧西町の柳ヶ池(やなんがいけ)[1]のほとりに創建された。 永正年間(1504年-1521年)に現在の地に移転された。
福岡大空襲で本堂・庫裡・薬師堂・数々の寺宝など消失し、戦後鉄筋で再建された。
[1]現呉服町交差点付近。柳ヶ池跡の石碑があります。