石城山 妙楽寺(みょうらくじ)【妙楽圓満禅寺・妙楽禅寺】 MYOURAKUJI ZEN TEMPLE red

  • 場内風景
    場内風景 
  • 開山堂
    開山堂 
宗派
臨済宗大徳寺派
住所
〒812-0037 福岡県福岡市博多区御供所町13−6  Map
電話
092-281-4269
歴史

境内の掲示板の内容をそのまま記載する。

正和5年(1316)に創建され、博多の北浜にあった。 大陸との貿易交流でにぎわったが、天正14年(1586)兵火にかかり焼失したのを、 慶長5年(1600)この地に移された。墓所には博多商人の 三傑(さんけつ)神屋宗湛、博多の豪商で鎖国の禁を破り、処刑された伊藤小左衛門一家の墓がある。

『筑前続風土記』によると、正和5年(1316年)に月堂宗規和尚により開山された。 月堂は筑前宗像郡(むなかたぐん) 大保(おおほ)[1]の人で、 大應國師(だいおうこくし)[2]の弟子にあたる。

火災で消失したのは天文7年(1538)年とある。 上の内容と矛盾する。詳細不明。

また、山号「石城山」の由来は同書によると消失する前の妙楽寺があったところには 「異賊来襲の防ぎの為石垣を築かれていた」とある。その為にこの山号となった。

尚、この石垣は元寇防塁[3] と考えられる。博多湾岸にはいたる所に現在でも元寇防塁跡が残っている。

[1]現在の宗像市と思われるが、同市内の大保と言う地名は現在のところ未確認であるが「大穂(おおぶ)」の誤りではないかと思われる。

[2]元の名を南浦紹明(なんぽじょうみん)と言い、 福岡市西区の興徳寺を開山している。

[3]二度の元寇は1274年と1281年であった。

ひとくちメモ

神屋宗湛(かみやそうたん)・伊藤小左衛門などの博多豪商の墓がある。また、「ういろう」伝来の地とも言われいる。

開山堂
  • 開山堂の扁額
    開山堂の扁額 
  • 伊藤小左衛門一族の墓
    伊藤小左衛門一族の墓 
  • 黒田督物一族の墓
    黒田督物一族の墓 
  • 開山堂山門の猫ちゃん
    開山堂山門の猫ちゃん 

開山堂は山門をくぐり本堂に向う左手にある。 通常はその山門は閉じてあるが、 博多情緒めぐりの イベントのおり開けてありその中に入らせていただいた。(2009-11-13) 以下に開山堂前に貼ってあった説明書の内容をそのまま記す。

開山堂の由来

この建物は開山堂といい、妙楽寺開山月堂宗規禅師(げつどうそうきぜんじ) (崇福寺8世・ 聖福寺25世)並びに歴代住職をお祀りする御堂であり 『水月庵』と号する。 現在の建物は、元禄11年(1698年)に再建され、嘉永6年(1853年)に大改修され、 大正年間、真向かいにあったものを現地に移築している。 昭和56年さらに大改修し、その後も度々の改修を加え、現在に至っている。 中には、執権北条時頼公・黒田督物一族・伊藤小左衛門一族・藩医鷹取養巴歴代の位牌も お祀りしている。

開山堂の額字は元徳元年(1329)明極楚俊禅師(みんきそしゅんぜんじ) (京都南禅寺に住す)が元より来日した時、月堂禅師の為に書かれたもの。 堂内の聡と水月庵の額・半鐘は、元禄11年(1698年)のもの。

またこの場所には嘉永16年(1639年)黒田監物(けんもつ)親子の 菩提の為に建てられた即宗庵(そくしゅうあん)が江戸後期まで存在した。 開山堂は江戸時代の建物。


写真
  • 山門の扁額
    山門の扁額 
  • ういろう伝来の碑
    ういろう伝来の碑 
  • 中門
    中門 
  • 本堂
    本堂 
  • 鐘楼
    鐘楼 
  • 境内風景
    境内風景