『筑前國続風土記 巻之三』によれば、元は黒田如水(福岡藩藩祖)の妹が長政(初代藩主) が福岡に入国した後、尼となり妙圓という名前となった。 妙圓の人柄は「此人慈悲深くして人をいつくしみ、かりにも人をくるしめず」(原文のまま) であったと言う。
妙圓は現在の地に小庵を建てそこに住んでいた。蓮譽上人が他国よりこの地に来たときに妙圓が この僧に帰依しその小庵を譲り、本人は向いの居宅に住んだ。 蓮譽上人はそこに寺を建て昌林院とした。 元和4年(1618年)に妙圓が亡くなり、この寺に葬られた(下記写真を参照の亊)。このことにより寺号を妙圓寺と改めた。
行明 - 夢遊典によれば 天文10年(1541)の開基とある。 蓮譽は他にも行明、念誉行明、長沼行明、行蓮社念誉などと呼ばれていて、筑前に10を越える 寺を開いたとのことである。
妙円寺は住吉神社の表参道側に程近い、那珂川のほとりに伽藍を構えている。 『筑前名所図会』でもほぼ現在と同様の伽藍の配置である。




