『筑前國続風土記拾遺』巻之46 上原村の項に「堀内に在無量山と号す。禪宗洞家福岡金龍寺の末院なり。 昔鉢伏山の子院なり。」と記載されている。
『筑前國続風土記付録』巻之41 上原村の項によれば、上の「鉢伏山」とは金剛寺のことである。
今宿の山手の田園地帯に伽藍を構えている。金狻寺の前は蓮の畑である。