松尾山 永福寺(えいふくじ)  EIFUKUJI ZEN TEMPLE

  • この石段を登ると永福寺がある
    この石段を登ると永福寺がある 
宗派
曹洞宗
住所
〒819-0012 福岡県福岡市西区能古481  Map
電話
092-881-1612
歴史

案内板の内容をそのまま記す。

創建年代は不明であるが、 金龍寺9世 延雪玄祝(えんせつげんしゅく)によって文禄2年(1593年)に開かれたと言われている。 明和(1764年~1772年)と寛政(1789~1801)時代に火災にあい、古い記録などが消失したと言われて不明の点が多い。

慶長7年(1602年)の地検帳によると、能古には神宮寺の他2寺があったと記されており、 明治元年(1868年)神宮寺がほかの1寺を合併して永福寺と改称した。

写真
  • 本堂
    本堂 
  • 渡船場から永福寺に向かう道。前方に石段が見える
    渡船場から永福寺に向かう道。前方に石段が見える 
  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 巨大な達磨和尚の石像
    巨大な達磨和尚の石像 
  • 普堅菩薩の石像
    普堅菩薩の石像 
  • 境内の二十八観音の石像(案内板によれば昭和21年10月5日に渡船が沈没。28人が亡くなった。その霊を慰め、航路の安全を祈る為に建立されたとある。)
    境内の二十八観音の石像(案内板によれば昭和21年10月5日に渡船が沈没。28人が亡くなった。その霊を慰め、航路の安全を祈る為に建立されたとある。) 
  • 境内風景
    境内風景 
  • 境内風景
    境内風景 

孔子廟(こうしびょう)
  • 孔子廟
    孔子廟 

本堂に向かって左手に坂道を登って行くと孔子廟がある。孔子廟の扉に貼ってある案内書 には、孔子廟が日本で最初に建立されたのは8世紀にさかのり、 現在日本に残っている孔子廟は、東京湯島、佐賀県多久市など数ヶ所と言う。


能古焼古釜跡(のこやきこようあと)
  • 古釜跡
    古釜跡 

孔子廟のすぐ上に能古焼古窯跡がある。案内板によれば下記のとおりである。

能古焼古釜は、窯本体の長さが22m,最大幅5.28m,比高差5.2m 焚口部(たきぐちぶ)焼成部(しょうせいぶ)7室からなる8室構造の 連房式登窯(れんほうしきのぼりがま)です。

『筑前国続風土記付録』、『筑前国続風土記拾遺(しゅうい)』、『筑前町村書上帳(ちくぜんちょうそんかきあげちょう) 』には江戸時代中期後半(明和、天明年間、西暦1764-1788)に、当地で陶磁器の製作がおこなわれていたことが 書かれています。発掘調査の結果、出土した遺物からも陶磁器製作の時期が18世紀後半であったことが確認 されています。出土遺物は焼き台などの窯の道具も多く、陶磁器では有田焼系の磁器と、高取焼系の磁器が 多く出土しています。

能古古窯で生産されたものには、主に皿・茶碗などの日常雑器であると考えられますが、福岡市域内で 江戸時代中期後半に開窯し、有田焼系の磁器と高取焼系の磁器を焼いた窯は非常に珍しく、この窯跡は、 本市で唯一の残された古窯跡であり、その保存状態も良く、陶磁器の研究、窯の変遷を研究する上で 貴重な遺跡です。(平成3年3月 福岡市教育委員会)


能古島(のこのしま)
  • 能古の戸船場(姪浜側)から撮影した能古島
    能古の戸船場(姪浜側)から撮影した能古島 
  • 能古島の港(前方にフェリー乗り場が見える)
    能古島の港(前方にフェリー乗り場が見える) 

能古島は、博多湾内に浮かぶ島で、福岡市営地下鉄 姪浜(めいのはま)駅から、西鉄バスでおよそ20分ほどでその渡船場に行き、市営のフェリーで水行約10分の 島である。フェリー料金も往復で440円と安く島内には 能古島アイランドパークなどの観光 施設も多くあり、福岡市民の憩いの場である。蛇足であるが、井上陽水の「能古島の片思い」 で歌われた島でもある。季節季節で花・お土産物など多くある。詳細な紹介は 能古島観光協会のページに譲る。

能古の戸船場(姪浜側)にある能古島の案内版には下記の記述がある。

能古島は、博多湾の真ん中にあり、南北3.5km,東西2km,周囲12km, 面積3.93平方km,島の一番高い所で195m,人口800人,海に囲まれた,緑豊かな 自然と歴史に恵まれた美しい島です。

奈良時代には、防人(さきもり)が置かれ、万葉集が詠まれました。平安時代には牛の牧場ができ、 刀伊(とい)入寇(にゅうこう)(1019年),鎌倉時代にへ 元寇(げんこう)(1274年,1281年)と、外国からの侵略も受けました。 江戸時代には、黒田藩の鹿の猟場となり、また、 五ヶ浦廻船(ごかうらかいせん)の浦の一つとして繁栄しました。

能古と言う地名は、万葉の時代以降"能許","能挙","能巨","能古","野古"、 そして江戸時代には"残島"と呼ばれました。

島内には、早田古墳(そうたこふん)、万葉歌碑、鹿垣(しかがき)、 能古焼登窯などの史跡、永福寺や白鬚神社(しらひげじんじゃ) などの神社仏閣、壇一雄の旧宅や文学碑、能古博物館、のこのしまアイランドパーク など、いろいろな史跡や施設があります。 このすばらしい歴史や自然をめぐる散策コースは、一周約9km,所用時間 5~6時間です。能古の素晴らしい自然や史跡。名勝をたのしむことができます。 (平成11年3月)