案内板の内容をそのまま記す。
創建年代は不明であるが、 金龍寺9世 延雪玄祝によって文禄2年(1593年)に開かれたと言われている。 明和(1764年~1772年)と寛政(1789~1801)時代に火災にあい、古い記録などが消失したと言われて不明の点が多い。
慶長7年(1602年)の地検帳によると、能古には神宮寺の他2寺があったと記されており、 明治元年(1868年)神宮寺がほかの1寺を合併して永福寺と改称した。








孔子廟のすぐ上に能古焼古窯跡がある。案内板によれば下記のとおりである。
能古焼古釜は、窯本体の長さが22m,最大幅5.28m,比高差5.2m 焚口部と焼成部7室からなる8室構造の 連房式登窯です。
『筑前国続風土記付録』、『筑前国続風土記拾遺』、『筑前町村書上帳 』には江戸時代中期後半(明和、天明年間、西暦1764-1788)に、当地で陶磁器の製作がおこなわれていたことが 書かれています。発掘調査の結果、出土した遺物からも陶磁器製作の時期が18世紀後半であったことが確認 されています。出土遺物は焼き台などの窯の道具も多く、陶磁器では有田焼系の磁器と、高取焼系の磁器が 多く出土しています。
能古古窯で生産されたものには、主に皿・茶碗などの日常雑器であると考えられますが、福岡市域内で 江戸時代中期後半に開窯し、有田焼系の磁器と高取焼系の磁器を焼いた窯は非常に珍しく、この窯跡は、 本市で唯一の残された古窯跡であり、その保存状態も良く、陶磁器の研究、窯の変遷を研究する上で 貴重な遺跡です。(平成3年3月 福岡市教育委員会)
能古島は、博多湾内に浮かぶ島で、福岡市営地下鉄 姪浜駅から、西鉄バスでおよそ20分ほどでその渡船場に行き、市営のフェリーで水行約10分の 島である。フェリー料金も往復で440円と安く島内には 能古島アイランドパークなどの観光 施設も多くあり、福岡市民の憩いの場である。蛇足であるが、井上陽水の「能古島の片思い」 で歌われた島でもある。季節季節で花・お土産物など多くある。詳細な紹介は 能古島観光協会のページに譲る。
能古の戸船場(姪浜側)にある能古島の案内版には下記の記述がある。
能古島は、博多湾の真ん中にあり、南北3.5km,東西2km,周囲12km, 面積3.93平方km,島の一番高い所で195m,人口800人,海に囲まれた,緑豊かな 自然と歴史に恵まれた美しい島です。
奈良時代には、防人が置かれ、万葉集が詠まれました。平安時代には牛の牧場ができ、 刀伊の入寇(1019年),鎌倉時代にへ 元寇(1274年,1281年)と、外国からの侵略も受けました。 江戸時代には、黒田藩の鹿の猟場となり、また、 五ヶ浦廻船の浦の一つとして繁栄しました。
能古と言う地名は、万葉の時代以降"能許","能挙","能巨","能古","野古"、 そして江戸時代には"残島"と呼ばれました。
島内には、早田古墳、万葉歌碑、鹿垣、 能古焼登窯などの史跡、永福寺や白鬚神社 などの神社仏閣、壇一雄の旧宅や文学碑、能古博物館、のこのしまアイランドパーク など、いろいろな史跡や施設があります。 このすばらしい歴史や自然をめぐる散策コースは、一周約9km,所用時間 5~6時間です。能古の素晴らしい自然や史跡。名勝をたのしむことができます。 (平成11年3月)