法王山宝珠院 大乗寺跡(だいじょうじあと)  FORMER DAIJYOUJI TEMPLE

  • 地蔵菩薩の板碑
    地蔵菩薩の板碑 
  • 全景 - 後ろが旧博多小学校の校舎
    全景 - 後ろが旧博多小学校の校舎 
宗派
真言宗
住所
〒 福岡市博多区上川端町6丁目  Map
歴史

『筑前國続風土記』によれば、正保元年(1644年)に、黒田藩主二代藩主忠之により 浄土宗より真言宗に改められた。 本尊は弘法大師作の千手観音像。「日本において希なるべし」という 寶珠があった。(径一寸三分[1]

また、同書の大乗寺の記述部分には「博多の七観音」として下記のものがあるとの記述がある。

  • 大乗寺 千手観音 雲慶作
  • 妙音寺 正観音 雲慶作
  • 観音寺 正観音 雲慶作
  • 聖福寺 先手観音 定朝作
  • 乳峯寺 十一面観音 作者不知
  • 龍宮寺 正観音 慈覚大師作
  • 東長寺 千手観音  (同書の編者は本寺の千手観音ははっきりとは七観音の一つとは言っていない。)

[1]約3.3cm

境内の案内板より

大乗寺は法皇山宝珠院(ほうおうざんほうじゅいん)と号して、 昔は奈良西大寺の末寺で律宗に属し、亀山上皇の勅願寺でありましたが、 のち浄土宗に転じ、更に真言宗に改宗、大正9年(1920)長宮寺と合併して、 中央区大手門一丁目に移り戦災で焼失しました。

この寺跡に亀山上皇が元寇の際、西大寺の叡尊(えいそん)に命じて、博多において 敵国降伏の祈願を行わせた勅願石や、県指定文化財の地蔵菩薩の板碑、蒙古碇石(もうこいかりいし)があります。
-- 福岡市 --

ひとくちメモ
寛永寺・大乗寺・太神宮・川端町・那珂川 解説
寛永寺・大乗寺・太神宮・川端町・那珂川 解説
九州大学デジタルアーカイブ『筑前名所図会』

大乗寺跡は旧博多小学校の北側のブロック塀によりそうように小さな区画として保存されている。その前は冷泉公園である。

右絵は中洲側から東に向かって描かれたと思われる。 絵の上中央が大乗寺である。流れている川は那珂川。橋を手前に渡ると中洲となる。 図上の画面の右上に櫛田神社が鎮座しているはずである。

川端(かわばた)町(今の上川端商店街)の様子がよく分かる。

上記の宝物は、作者は2009年5月26日現在どれも確認していない。今はなき大乗寺の寶珠と千手観音はいったい何処に 行ったののであろうか?


写真
  • 蒙古碇石
    蒙古碇石 
  • 写真左が亀山上皇の勅願石
    写真左が亀山上皇の勅願石