昭和通り SYOUWA-DOORI AVENUE
概要
福岡市内を東西に走る幹線道路の一つである。 博多区石堂大橋より中央区荒戸交差点まで延長3.4kmである。荒戸交差点にて 明治通りと合流する。 南は明治通り、北は那ノ津通りがそれぞれほぼ東西に平行に走る。 福岡市民にとっては、明治通りが表通りとすれば昭和通りは裏通りの感覚である。
通りの名前の由来については、福岡市のホームページ 昭和通り に譲る。
地図
※地図中の赤・青色のマーカをクリックすると、その地点の詳細な案内へのリンクが表示されます。
石堂大橋
石堂大橋の箱崎側には松源寺がある。 また、石堂大橋より少し上流の石堂橋の脇には、濡れ衣塚がある。
蔵本
蔵本の交差点にて大博多通りと交差する。石堂大橋側から見ると左が博多駅、右が福岡サンパレスである。
東中島橋
蔵本の交差点にて大博多通りと交差する。石堂大橋側から見ると左が博多駅、右が福岡サンパレスである。
西中島橋
西中島橋の天神に向かって左側の橋の中央に「西中島橋と桝形門」なる説明板がある。 その内容をそのまま記す。江戸時代のこの地域の様子がよく記述されている。(右の写真を参照のこと)
「慶弔12年(1607年)の黒田長間さの福岡城築城によって、中世以来の交易都市「博多」と、 黒田家お連れ衆の武士・町人が移り住んだ新興都市「福岡」が双子都市としての歴史を歩み始めました。
城下町福岡は、福岡城の外郭を形成し、東側は那珂川を境とし、肥前堀・中堀を経て、 西側は大堀とヤナ堀(黒門)で区画されていました。城下町には唐津街道の一部でもある 八丁筋と言われる本通りがあり、東の境目の那珂川縁には「桝形門」が設けられて西中島橋・ 東中島橋もよって博多町と繋がっていました。
桝形門は軍事的防衛と唐津街道の城下出入り口の機能を持ち、高さ10mの石垣と櫓門でつくられており、 唐津街道に通じる北門と福岡城大手門に通じる南門を備えていました。
掛け軸には、福岡と博多というふたつの文化に関わってきた西中島橋と桝形門の姿が描かれています。
新しい西中島橋は、専門家と住民傘下の委員会によってデザインが検討され、城壁を連想させる斜めの 白御影石と、川面に映る美しいあかりを楽しめるように配慮した縦格子状の鋳物 によって構成されています。シンプルな照明と歴史を封じ込めたような歩道など、福岡市の象徴的な 橋のひとつとして隅々にまで工夫を凝らしています。
博多図、並びに賛
博愛の君子固より多し
博物の豪傑も亦多し
故に云う博多と
豈爰に博奕の小人多からんや
竺 洪厓,画並びに題す
日本銀行前
写真の右手が日本銀行福岡支店。その先に福岡中央郵便局が見える。 写真の少し手前には勝立寺 がある。
天神橋口
天神橋口より少し先に、親富(不)孝通りの入り口がある。 ここの通りの先には、その昔予備校が複数あり最初は”親不孝通り”と呼ばれていたが、 名前のイメージが悪いせいか、現在では”親富孝通り”と書かれる事が多い。
法務局前
この付近は、法務局を初め少年文化会舘など固い施設が多い。
平和台
その昔、西鉄ライオンズの本拠地であった平和台球場があったが今はない。
荒戸交差点
ここで、昭和通りは終わり、明治通りと合流する。














