明治通り MEIJI-DOORI AVENUE
概要
博多区東大橋交差点~西区小戸西交差点の全長10.2kmの福岡市内を東西に走る幹線道路である。 その昔は、西鉄の市内電車が走っていた。
通りの名前の由来については、福岡市のホームページ 明治通り に譲る。
地図
※地図中の赤・青色のマーカをクリックすると、その地点の詳細な案内へのリンクが表示されます。
博多区東大橋交差点
明治通りはここよりスタートする。
呉服町交差点
ここより、しばらくオフィス街が続く。土日は閑散としている。
中洲川端
西に向かって右が、博多座、その先がアジア美術館がある。 左側には川端商店街のアーケードの入り口がある。
川端商店街はその南にキャナルシティができたためか、老若男女を問わず 買い物客が多い。
仏壇屋・帽子屋・洋品店・居酒屋・魚屋・ぜんざい屋・床屋・ラーメン屋・うどん屋・・ 退屈しない。川端商店街はその昔、上川端商店街と下川端商店街に 分かれてあった。文字通り那珂川の上流側が上,明治通りをはさんで下流側が下 であった。現在は当時の上川端商店街のみが残り、下川端商店街の位置にはホテル など近代的な建物が建ち、わずかな痕跡を残すのみである。
博多大橋
JTビル前(大銀杏)
中央区役所の斜め向かいのJTビルの敷地内に大銀杏は寂しく立っている。幹部分は老齢の為ほとんど枯れていて、樹勢の回復及び危険防止の為 枝もかなり剪定されいる。 下に案内用の石碑の内容をそのまま記す。
「飯田覚兵衛屋敷の大銀杏
この地は江戸時代初期から明治末年まで、黒田藩の家臣で、飯田覚兵衛屋直景を祖とする飯田家の屋敷跡です。
飯田覚兵衛は肥後熊本の国主加藤清正公の重臣で、一番備えの侍大将として、 加藤家の三傑と称されました。清正公没後、加藤家が改易になったとき、 親密な間柄にあった黒田長政公に客分として召抱えられました。
この大銀杏は清正公を偲んで、覚兵衛が普請奉行として築いた熊本城(別名 銀杏城)から苗木をここに移植したものです。 以来、風雪・火災に耐えて約400年、代々受け継がれてきました。
現在はJTの敷地内に残され、福岡市が指定する保存樹となっています。
-- 平成21年5月吉日 JT福岡支店」
黒門西交差点
この先の黒門交差点より右に入ると、大濠公園横のアメリカ合衆国領事館がある。
唐人町交差点
写真の左が天神方向、右手が西新方向である。
地行
西新
藤崎
早良口
ご覧の通り、この附近は車の往来が激しい。
室見橋
室見川のこのあたりでは、早春にシロウオのヤナ(シロウオを捕える罠)がかけられる。 ヤナがかけられ始めると福岡市民は春が来たと感じる。 姪浜側の岸には、シロウオ料理が楽しめる。おどりぐい、天ぷら・・・・季節感たっぷりである。
この橋から上流方面の河川敷は良くに整備され、休日には水遊び・散歩・バーベキューなどする 人々が多い。 川の上流に向かって左側は桜の木も多くあり花見の時期には花見客で賑わう。
地下鉄姪浜駅北口
ここにはかつて、西鉄市内電車の終点があった。
西区小戸西交差点
明治通りはここ壱岐橋で終わる。 ここは博多湾がすぐそばである。 ヨットハーバーがあり、ファミリーフィッシングも楽しめる。




















