周船寺[唐津街道]  SUSENJI STATION

概要

ここでは、周船寺より次の前原宿の手前までを記載する。

丸隈山古墳(まるくまやまこふん)
  • 丸隈山古墳前(左が古墳入り口、その先が竜松寺) - 唐津に向かって撮影
    丸隈山古墳前(左が古墳入り口、その先が竜松寺) - 唐津に向かって撮影 

街道はJR筑肥線の山側を通る。丸隈山古墳のすぐ先には竜松寺がある。

丸隈山古墳の説明については、同古墳入り口の案内板の内容をそのまま記す。

国指定史跡 丸隈山古墳

江戸時代の初めに発見されたこの古墳は、5世紀前半に築かれた前方後円墳で、後円部が三段に 、前方部が二段(一部は三段)につくられ、各段の斜面に葺石(ふきいし)を敷き、テラス部に 埴輪(はにわ)をならべています。埴輪には円筒のほか朝顔型・盾・水鳥などの形象埴輪があります。

後円部の中央には、初期の横穴式石室があり、石室の中に中央の壁を共有する二基並列の組合式箱式石棺が あります。その中には男性人骨と鏡二面(ほう製二神二獣鏡(ほうせいにじんにじゅうきょう)[1], ほう製六獣鏡(ほうせいろくじゅうきょう))、(ともえ)形銅器、(たま)類(勾玉(まがたま)管玉(くだたま)小玉(こだま)、刀、剣、鉄鏃(てつぞく)[2]の副葬品 [3]が残っていたことから、 この地域を代表する首長の墓と思われます。(昭和62年3月 福岡市教育委員会)」

[1]"ほう"の字は人偏に"方"。

[2]鉄製の(やじり)。日本では弥生・古墳時代以降用いられた。

[3]副葬品は福岡市埋蔵文化センター、及び 妙正寺に分かれて保管されている。 (今宿古墳群の謎に挑む(福岡市美術館) 参照の事)


伊覩(いと)神社前
  • 伊覩神社本殿
    伊覩神社本殿 
  • 伊覩神社前の街道 - 唐津方面に向かって撮影
    伊覩神社前の街道 - 唐津方面に向かって撮影 

未稿


高田神社前
  • 高田神社
    高田神社 
  • 高田神社前の通り - 唐津街道に向かって撮影
    高田神社前の通り - 唐津街道に向かって撮影 

高田神社は唐津街道より、唐津に向かって右に入った所にある。 街道は、写真左で信号機のある国道202号線に沿って右から左に唐津に向かって進む。


平等寺前
  • 本堂
    本堂 

ここまでR202に沿ってを西に向かって走っていた街道はこの手前で次の前原宿に向かって旧に直角に右折する。

そこには、専徳寺と平等寺が伽藍を構えている。 唐津に向かった旅人たちがこの先の安全をここで祈願したのではなかろうか?


浦志神社前
  • 浦志神社
    浦志神社 
  • 浦志神社前の鳥居 - 唐津街道に面している
    浦志神社前の鳥居 - 唐津街道に面している 

街道に面した鳥居の足の1/3ほど地中に埋まっている。理由は定かでないがちょっと目立つ。