今宿駅[唐津街道]  IMAJYUKU STATION

概要

小戸神社 能古嶋・生松原 今宿駅
小戸神社 能古嶋・生松原 今宿駅
九州大学デジタルアーカイブ『筑前名所図会』

街道はここより海岸線から内陸部に入り前原宿へと進む。 『街道と宿場町』によると今宿は貞享2年(1685年)頃、前原-姪浜間の距離が長いという理由で設けられたとの事。

右の『筑前名所図会』では、左上が今宿驛である。

ここでは、今宿より次の前原宿の手前まで記載する。


旧道入口

  • 旧道入口(左が国道202号線、右が街道)− 姪浜側より撮影
    旧道入口(左が国道202号線、右が街道)− 姪浜側より撮影 

ここで202号線から旧道に入る。ここより、しばらく海岸線を西へと進む。


二宮(にのみや)神社

  • 本殿(裏は博多湾、その先に能古島が見える)
    本殿(裏は博多湾、その先に能古島が見える) 
  • 神社前の街道 - 姪浜側より撮影
    神社前の街道 - 姪浜側より撮影 

境内の案内板の内容をそのまま記す

この神社は、今から270年前、今宿五朗江(ごろうえ)(現・今宿小学校)にあったもの現在地に 移転したといわれており、主祀神は埴安神(はにやすしん)で、稲の生産豊穣と疫病厄除、また、福徳開運の 神社として地元の人に親しまれています。

正月3日の子どもたつによる玉せせりや、7月29日夕刻より模様される夏越祭(なつこしまつり)は、大勢の人で にぎわい、今宿の風物詩となっています。

神社鳥居前の通りは、旧唐津街道で、江戸時代には宿場町として栄えました。

神社横は、書、絵画に秀でた才能を発揮した、亀井小琴(かめいしょうきん)(1798年~1857年)が 住んだ地で、少琴の漢詩など筑前亀井学派の資料は能古資料館に数多く展示されています。(平成13年3月 福岡市)


追分石

  • 追分石(写真中央) - 左の道が唐津街道
    追分石(写真中央) - 左の道が唐津街道 
  • 追分石
    追分石 
  • 桜井神社境内 - 流鏑馬
    桜井神社境内 - 流鏑馬 
  • 桜井神社(一の鳥居) - 本殿はここより数百メートル先
    桜井神社(一の鳥居) - 本殿はここより数百メートル先 
  • 桜井神社境内 - 本殿は前方の建物の奥
    桜井神社境内 - 本殿は前方の建物の奥 

「大明神鳥居迄二里半三丁五間 右櫻井道」。 街道はこの追分を左に進み今宿に向かう。

左の大明神とはどこを指すのか探したが、ここより北西方向に約8km(≒2里)の所に桜井神社がある。 桜井神社には「黒田騒動」を救った与止(よど)姫が祀られており、黒田藩主は毎年の参拝を欠かさなかったという。 黒田忠之が寛永9年(1632年)に創建したという。 糸島半島の内陸部にあり神社周辺は田園風景で絶好の散策地である。 毎年10月18日はおくんちが催され、稚児行列・流鏑馬(やぶさめ)が観れる。 右写真はの流鏑馬のカットである。


馬つなぎ石[今宿]

  • 馬つなぎ石
    馬つなぎ石 
  • 馬つなぎ石前の街道 - 街道はこの先を左に曲がって進む
    馬つなぎ石前の街道 - 街道はこの先を左に曲がって進む 

馬つなぎ石前は国道202号線で車の往来が激しい。馬つなぎ石の形はちょうど馬をつなぐロープを 結びやすいような形をしている。

ここには昔問屋場があったという。


徳正寺前[今宿(いまじゅく)]

  • 徳正寺前の通りより50mほど唐津よりの街道(右手に白壁の家が見える)
    徳正寺前の通りより50mほど唐津よりの街道(右手に白壁の家が見える) 
  • 徳正寺前 - 右手が徳正寺
    徳正寺前 - 右手が徳正寺 

徳正寺を参照の事。


上町(かみまち)天満宮[今宿(いまじゅく)]

  • 天満宮
    天満宮 
  • 境内の榎の巨木- 一里塚の目印の榎
    境内の榎の巨木- 一里塚の目印の榎 
  • 境内の庚申塔
    境内の庚申塔 

庚申塔の左には(えのき)の巨木がある。この木は一里塚の目印とされていたとのことである。