赤間宿[唐津街道]  AKAMA STATION

概要
  • 赤間宿の街並
    赤間宿の街並 
赤間駅の図 孝子正助 解説
赤間駅の図 孝子正助 解説
九州大学デジタルアーカイブ『筑前名所図会』

赤間(あかま)の名前に由来については、近くの七社宮(ななしゃぐう)(七社神社)前の案内板に 次のような神話が書いてある。

神武天皇が、当地をお通りになった時、道に迷われました。その時赤い馬(●●●) に乗った威容のある老人が現れ、天皇をご案内しました。里人はこれは神がお導きに なったと信じ、この地を神地としてあがめました。

芦屋宿-赤間宿-畔町宿の唐津街道のメインルートと、これより東の猿田峠を越えて進む長崎街道の木屋瀬宿(赤間道)あるいは、 涼天満宮(底井野往還)に向かうルートの分岐点であった。


東構口[赤間宿]
  • 赤間宿の一番登りきったところの門
    赤間宿の一番登りきったところの門 

唐津街道はこの先の城山の南の山裾を芦屋宿に進むが、城山付近の街道は道の確認ができていない。


赤間(あかま)宿
  • 赤間宿の街並
    赤間宿の街並 
  • 赤間宿の街並(左手に見えるのは法然寺である。)
    赤間宿の街並(左手に見えるのは法然寺である。) 
  • 法然寺境内の石碑(赤間でなく赤馬である。)
    法然寺境内の石碑(赤間でなく赤馬である。) 
  • 法然寺横にある五卿西遷の碑
    法然寺横にある五卿西遷の碑 
  • 法然寺横にある五卿西遷の碑
    法然寺横にある五卿西遷の碑 
  • 須賀神社
    須賀神社 

赤間宿は、坂の中腹にある宿場で全て家が坂に沿って建てられている。 赤間宿内の道も当然坂道である。


西構口[赤間宿]
  • 赤間構口交差点
    赤間構口交差点 

ここから赤間宿である。


追分石
  • 追分石 - 畔町宿に向かって左脇にある
    追分石 - 畔町宿に向かって左脇にある 
  • 追分石
    追分石 

追分石は橋のたもとの胃腸の木の脇にある。思ったより小さいので見逃さなれいよう。

銘は右の石柱には「此方鞍手郡山口道」「此方畔町道」。

左の石柱には「自是(これより)下田久鎰分之内迄八百六十一間」「一番自是下川巾五間」「寛政三[1]??四月定」。 左の石柱の裏の銘は2009/9/12現在判読できていない。

[1]1791年


釣川にかかる橋の西側の石碑
  • 釣川手前の石碑
    釣川手前の石碑 

「唐津街道 赤馬宿」とある。"赤間"でなく"赤馬"である。


赤間小学校前交差点
  • 赤間小学校前交差点 - 赤間宿に向かって撮影
    赤間小学校前交差点 - 赤間宿に向かって撮影 

左側が赤間小学校。正面に見える山は 城山。


宮田2丁目付近
  • 宮田2丁目付近 - 畔町宿に向かって撮影
    宮田2丁目付近 - 畔町宿に向かって撮影 

この付近にも白壁造りの建物が観られる。正面に見えるのは、許斐(このみ)山か?


宮田橋
  • 宮田橋-赤間宿側に向かって撮影
    宮田橋-赤間宿側に向かって撮影 

原町より国道3号線の高架をくぐってほどなくすると宮田橋がある。


野坂交差点
  • 野坂交差点-畔町宿側に向かって撮影(左右方向が国道3号線)
    野坂交差点-畔町宿側に向かって撮影(左右方向が国道3号線) 

街道はここで国道3号線と交差する。写真の左右方向が国道3号線。右前方が畔町宿に向かう唐津街道。


原神社
  • 一の鳥居
    一の鳥居 
  • 原神社
    原神社 

原神社は、野坂交叉点を渡るとほどなく左側の小高い丘に鎮座されている。 石段を上りつめると本殿があり、境内は芝生で広場となっている。

原神社脇の街道の先は次の原町である。