赤間宿[唐津街道] AKAMA STATION
- 概要
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赤間駅の図 孝子正助 解説
九州大学デジタルアーカイブ『筑前名所図会』赤間(あかま)の名前に由来については、近くの七社宮(七社神社)前の案内板に 次のような神話が書いてある。
神武天皇が、当地をお通りになった時、道に迷われました。その時赤い馬 に乗った威容のある老人が現れ、天皇をご案内しました。里人はこれは神がお導きに なったと信じ、この地を神地としてあがめました。
芦屋宿-赤間宿-畔町宿の唐津街道のメインルートと、これより東の猿田峠を越えて進む長崎街道の木屋瀬宿(赤間道)あるいは、 涼天満宮(底井野往還)に向かうルートの分岐点であった。
- 東構口[赤間宿]
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唐津街道はこの先の城山の南の山裾を芦屋宿に進むが、城山付近の街道は道の確認ができていない。
- 赤間宿
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赤間宿は、坂の中腹にある宿場で全て家が坂に沿って建てられている。 赤間宿内の道も当然坂道である。
- 西構口[赤間宿]
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ここから赤間宿である。
- 追分石
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追分石は橋のたもとの胃腸の木の脇にある。思ったより小さいので見逃さなれいよう。
銘は右の石柱には「此方鞍手郡山口道」「此方畔町道」。
左の石柱には「自是下田久鎰分之内迄八百六十一間」「一番自是下川巾五間」「寛政三[1]??四月定」。 左の石柱の裏の銘は2009/9/12現在判読できていない。
[1]1791年
- 釣川にかかる橋の西側の石碑
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「唐津街道 赤馬宿」とある。"赤間"でなく"赤馬"である。
- 赤間小学校前交差点
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左側が赤間小学校。正面に見える山は 城山。
- 宮田2丁目付近
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この付近にも白壁造りの建物が観られる。正面に見えるのは、許斐山か?
- 宮田橋
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原町より国道3号線の高架をくぐってほどなくすると宮田橋がある。
- 野坂交差点
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街道はここで国道3号線と交差する。写真の左右方向が国道3号線。右前方が畔町宿に向かう唐津街道。
- 原神社
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原神社は、野坂交叉点を渡るとほどなく左側の小高い丘に鎮座されている。 石段を上りつめると本殿があり、境内は芝生で広場となっている。
原神社脇の街道の先は次の原町である。

















