赤間道 FORMER AKAMA AVENUE
概要
長崎街道の木屋瀬渡より遠賀川の渡しを越えたところより始まる。植木から猿田峠
吉留
赤間までの街道である。
植木については、九州絶佳選-植木の町に詳細が記載されている。
『筑前國続風土記』巻之13○植木の項に下記に記述がある。段落・ふりがな・注釈は作者が挿入した。
東北の方黒崎、木屋瀬を過て、爰に来り、 西の方へ通る宿驛也。 此地にも那君の行館あり。 是より赤間へ行く。
民家多し。町の後なる所に、倡優[1]の すむ町あり。 家數30軒程あり。是空也上人を祖とし、専九品念佛[2] をのみ修行せり。(村中の田の字に、九品田と云所あり。是九品念佛の料田なりしにや。) 今は歌舞傀儡を以て其業とす。 博多聖福寺の寺中、志摩郡泊村の大日、遠賀郡蘆屋の念佛の類なり。 此地の倡優は聖福寺の名をかりて、寺中と號す。
又町の西に大池[3]あり。南北5町(545m)、東西4町(436m)あり。 水多くして、國中にて凡23の大塘[4]なり。 下の田地を浸す。此地に蓮、芡實[5]多し。
[1]倡優:あやつり人形,役者,芸人のこと
[2]九品念佛:九品浄土に往生することを願って行う念仏。
[3]大池:代行寺脇の牟田池のことかその南の新池のことかわからない。
[4]塘:池 池塘 池,水たまり
[5]芡實:オニバス(スイレン科)の実。現代は"けんじつ"と読む。
『筑前國続風土記』のいう「那君の行館」の場所については現在作者は確認がとれていない。
地図
※地図中の赤・青色マーカをクリックすると、その地点の詳細な案内へのリンクが表示されます。
渡し場
ここは長崎街道の木屋瀬宿の対岸で、ここから船で木屋瀬宿に渡る。 興玉神社は写真の中央の銀杏の木のところにある。木屋瀬宿の渡し場もその付近にあった。
東構口
写真手前は27号線。植木宿はここから始まる。 町屋敷橋は、構口より少し宿に入ったところにある。風格を感じる。
稲荷神社
未稿
蓮照寺
蓮照寺は浄土真宗本願寺派のお寺である。
蛭子宮
境内の狛犬が歴史を感じさせる。製作年などは読み取れない。
代行寺前
写真右手が代行寺で日蓮宗のお寺である。写真左手には牟田池がある。
中山口信号
写真前方の山は剣岳である。
善光寺
善光寺は浄土真宗本願寺派のお寺で山号を竹林山と言う。 本堂前でお参りをしていると坊守さんのお母様が気さくに「お茶でものんでいってください」 とおっしゃるので遠慮なく本堂に上がらせて頂き、お茶をご馳走になりながらお寺の歴史を伺った。(2009/9/20) その時のメモを無くしてしまい正確な内容を記載できない。またお参りに行こう。 本堂の釈迦如来様の上の欄間は年代ものとうかがった。
徳永酒店前
街道はここを直角に右に進む。
興玉神
よく見ると、石塔の上にはうさぎの像が乗っている。
猿田彦大神の石碑
石碑の側面に「天明二年(1782年)」の銘がある。 また、猿田彦大神の前を20ほど猿田峠側に進むとお地蔵様が鎮座されている。
猿田峠口
街道はこの分岐点を左に進む。
真教寺前
真教寺は浄土真宗本願寺派の寺院で山号を慈光山という。 お寺の裏手にはその昔、炭鉱(新目尾炭鉱)が あったと言う。 下記のページを参照してください。
この辺は古い街並みが続く。
永谷天満宮
このあたりが、上り坂で街道はこの先でR29と合流し、猿田峠に向かう。
猿田峠
この付近は夏場は涼しくて気持ちがよいが、冬場は雪も深い場合があった場合もあったと思われる。
豊日神社(猿田彦大神)
猿田峠を越えて赤間宿側に降りた地点である。 鳥居脇の灯篭には文久2年(1862)の銘あり。
2009-11-29に一の鳥居より長い石段を上り本殿まで登って見た。 石段は苔むしてはいるがしっかりしている。 本殿は小さな祠のみ残っている。祠の周囲は建物の基石と思われるものがある。 その昔はりっぱな建物があったと思われる。
水神社
猿田峠より赤間宿に向かう途中に鎮座されている。 本殿奥には猿田彦大神の石碑がある。
この付近は、昔の街道の様子がよく保存されているようである。 散策にはもってこいのポイントである。
吉武郵便局前のセブンイレブン前
ここより北方向のほど近いところに伊豆酒造(銘柄は"亀の尾")がある。 看板によれば創業は享保2年(1717年)とある。
七社宮
九州大学デジタルアーカイブ『筑前名所図会』
宮前の掲示板には"赤馬(間)"の地名の由来が記載されている。










































